世界平和



仕事を終え、明け方に大戸屋で朝食を取っていたときのことでした。店内の客は、僕の他には国籍が全く伺い知れない外人が一人と、若い二人組の三人。入店し最初の頃こそ黙々と出された茶を痛飲したり、持参した異教徒の本を読んだりと忙しなく蠢いていた僕ですが、若者二人の会話内容が聞こえてきた辺りから、事態は変事の様相を呈してきたのです。


片方は黒シャツと黒スラックスに極彩色といった異様かつよくある風体で、こちらを「黒いほう」と呼びます。もう片方は至ってオーソドックスなカジュアルな服装で、こちらを「カジュアル」と呼びます。二人は会社だか大学だかの先輩後輩の関係にある(あった)らしく、カジュアルは黒いほうに体育会系臭がする敬語でもって接していました。また、黒いほうもカジュアルに、ジョッグス野郎特有の胸糞の悪くなる口調と声の張りで接していました。


僕がその異変に気づくのが遅れたのは、僕がヘッドフォンで音楽を聴いていたからでした。やはり飲食を目的とした店に入ったときは、音楽などは聴かず、周囲の様子にじっと耳を傾けるべきです。入店時から彼らの会話を聞くことが出来ず、真に無念でした。


世界平和


なんという素晴らしい響きと意味を持つ言葉でしょうか。この世に生きる全ての人間が平和に生きられるなら、こんなにも素敵なことは無いでしょう。但し、この言葉はローマ法王米大統領などの、世界中に影響を及ぼすことが出来る権力と資格を持った人物がその方針を決定し、実際に然るべき資金・人員を投入してこそ実現に向かうことが出来る事項です。中共の方々やジンバブエの方々が発言したとしても、即座に「いやいや、君ら超侵略してるから(笑)」と全世界から突っ込みが入り終わります。また、堀江社長や村上社長などの人物が発言し実際にそれなりの資金を投入したとしても、まァ大概の人は何か非常に怪しいものを、胡散臭いものを、大変な裏がありそうなものを感じ、訝しむのではないしょうか。このように、世界平和とは非常に難易度の高い言葉なのです。主席や堀江社長でも説得力を持たせることは難しいのですから、大戸屋で明け方にご飯を食べている一介の若人が発言したとしても、その効力にどれ程のものがあるというのでしょう。


黒いほうは一心不乱に世界平和を説いておりました。
曰く「世界平和に関わるビジネスに自分は関わっている」
曰く「この事業は社会的に大変意義があるだけでなく、ビジネスとしても非常に将来性がある」
曰く「この事業に携わっているのは、あの○○○○○○である」
余談ですが、左の○に入るのは、名前を聞けば誰でも知ってるような、あるレコード会社です。そのカンパニーはCD販売業では、自分の知る限り最も見事に守銭奴を貫かんとする経営方針を採用していたところなので、僕はそれこそ、”堀江社長が「これからライブドアは慈善事業に徹底します」といきなり言い出した”場面に出くわしたかのような怪訝な表情になりました。有り体に言うと、「利権」という単語が脳裏に浮かびました。


で、まぁ、どんな場所にもどんな世代にもどんな時代にもどんな集団にもどんなコミュニティにも、どういうわけかは知りませんが、頭がちょっとばかしユルユルであらせられる人は一定数いるものでして、カジュアルは物凄く輝いた目で(盗み見し、確認しました)、「自分も世界平和などの大きなことをしたい」といった意味合いの発言を頻繁に繰り返し、黒いほうの弁舌に聞き入っていました。


僕はそれまで、「これはカジュアルに対してのマルチなのか、セミナーなのか、詐欺なのか」と興味津々だったのですが、ここで初めて「黒いほうがそうした被害に遭っているのにも関わらず、彼は騙されていることに気付いていないだけなのかもしれない」と新たな可能性を感じました。


なぜなら、僕が彼らの会話を拝聴し出してから40分が経つのに、黒はカジュアルに「いかに自分が凄いか」という自慢話に終始し、一向に金の話を切り出さないからです。僕が来店した時点で既に彼らは食事を終えていたことからも、彼らが来店してから一時間弱は経っているはずです。そのとき、時間はAM4:30。閉店まであと30分です。何らかの策謀があるとして、残り30分で金を出させたり、判を押させたりなど、どうにか出来るとは思えません。物凄く遠大なマルチへの布石なのかもしれませんが、それにしたって会話がループしすぎです。三分に一回は「世界平和」と黒が言っています。ループ、反復、リピートによる刷り込みはマルチ、セミナー、洗脳の基本原理ですから、それ自体は特に問題はありません。ただ、これほどまでに経済色、宗教色を感じさせない繰り返しは今まで見たことがありません。そう、これほどまでに執拗に世界平和を吹聴する目的が分からないのです。そもそも、「世界平和」などという、どんな教義よりボンヤリした単語を刷り込んだところで、一体何の効果があるのでしょうか……? 浅学たる僕にはまるで分かりませんでした。理解を超えた世界がそこに現出していました。


相変わらず世界平和についての会話が異常に抽象的なままに為され、僕が苦悶していると、大戸屋吉祥寺公園口店の閉店時間が訪れ、僕と二人組と得体のしれない外国人は店員に強制的に退去させられたのでした。そして特に結末も無いまま、二人組と外国人は駅に入り、僕は首を捻ったまま家に帰ったのでありました。




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余談ではありますが、カジュアルの「そういや、○○○○○○は、具体的には世界平和へ向けてどういう事業を行ってるんですか?」という質問に対し、黒いほうが自信と誇りに満ちた声色で「えっとねえ、ケニアでねえ、井戸を掘ってるんだよ」と答えていたのにはさすがに驚きました。世界平和、先長ぇなぁー。